なぜ東大生や大学の教授などはブログでものを言わないか

自由民主主義をうたう人権社会なのだから、仕事をしているかどうかにかかわらず、社会やネットにはもっと自由な表現が溢れて良いはずである。ところが、実態は物言わぬ匿名社会である。たとえば、官僚や政治家、東大生や東大の教授などがブログなどを書いて自由にものを言わないのは、べつだん何か崇高な思想があるわけではなくて、何も言わないことが自分の既得権益の保護する社会的条件となっているからに過ぎない。彼らは今現在最高の社会的地位を享受しているので、わざわざ自分で自分の権益を脅かすことはしないわけである。いいかえれば、彼らは所詮自分の権益の論理で生きている(きた)情けない人間であり、権益を犠牲にしてでも理念のために生きるということができない糞退屈な典型的日本人だ。体制の犬糞でしかないし、人間として生きている意味がないと言える。彼らはいくばくかのお金や名誉と引き換えに体制に人生を売った「死者」であり、死者ゆえの様々な特権を受けているが、生者が持っている自然本来の権利は剥奪されているし、あろうことか生者を殺そうとしたり、殺さないまでも騙して利用することに汲々としている。